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ベトナム戦記

編集者の真似事を始めて今年で14年目。
最初はアルバイト、というかむしろ徒弟や丁稚のような身分で、まだ二十歳にもなっていなかった。自分が本の業界で食っていくなんてことは、予想だにしていなかった。
高校生のころの愛読書は、オヤジの本棚から拝借してむさぼり読んだ、勝目梓のエロ小説シリーズ、あるいは、せいぜい徳川家康!みたいな時代小説ていどだった。
それがあるとき、当時まだ関西ローカルだった「探偵ナイトスクープ」(まだ上岡龍太郎のころ)で、たまたまベトナム戦争をテーマにした依頼があって、それを見てから一気に嗜好が変わってしまった。
そのころ読んで印象に残っているのがこの『ベトナム戦記』(開高健・朝日文庫)。もともとは「週刊朝日」の連載用に現地から送ったもので、100日に及ぶ取材ののち、帰国した開高がドタバタと一冊にまとめたもの。久し振りに読み返してみた。
まずこの一節。
「大半の市民は優しく、おだやかに、貧しく、いそがしく働いている。…
正午から三時間ほどはシェスタである。サイゴンでも前線基地でも昼寝をする。会社、官庁、銀行、みんな昼寝をする。…
ベトコン、政府軍、アメリカ兵、従卒から将軍にいたるまで、一人のこらず昼寝をするから、毎日、三時間だけは戦争がないのである」
戦争ってこんなものなのか。何だかゆるゆるな雰囲気である。
だがそのうち、そんな甘い期待を吹っ飛ばす衝撃的な光景が襲ってくる。サイゴンのある広場。早朝の出来事である。
「短い叫びが暗がりを走った。立テ膝をした一〇人のベトナム人の憲兵が一〇挺のライフル銃で一人の子供を射った。子供はガクリと膝を折った。胸、腹、腿にいくつもの黒い、小さな小さな穴があいた。銃弾は肉を回転してえぐる。…しかし衝撃による反射がまだのこっていた。少年はうなだれたままゆっくりと首を右、左にふった。
『だめだ。だめだ。まだだめだ』
そうつぶやいているように見える動作だった。…
人間は何かの〈自然〉のいたずらで地上に出現した、大脳の退化した二足獣なのだという感想だけが体のなかをうごいていた」
夜は鬱蒼たるジャングルでのゲリラ戦を闘った米兵たちが、昼は熱帯の暑気にあてられ、敵味方の区別さえ陽炎のように失われてゆく。殺されても殺されても、百姓の中から次々と再生産されるベトコン。大義を見失った前線の米兵たち。そして軍隊としては「地上最低であったが、人間としての兵士はいじらしかった」という南ベトナム軍の農民たち。その真情が、淡々とつづられる。
全土が前線と評される、むせかえるようなベトナムの地で、開高は徐々に人間への信頼を失ないそうになる。
あるとき、前線となった荒野で夜を徹しての銃撃戦に遭遇し、命からがら生きのびた開高に「顔見知りの中学生みたいに小さい通信兵」が一枚のメモを取り出し、筆談で用を足しに行きたいとせがむ。
「私が笑うと、ホッとした顔つきで、ほんとうにうれしそうに笑った。寝不足の蒼ざめた、小さな顔を、くちゃくちゃにして笑った。そろりそろりと寄ってきて、もう一枚、おなじような紙蓋を手ににぎらせて去っていった。…」
メモにはフランス語のできる米軍将校の代筆で、こう書いてあった。
「不覚にも涙がにじんだ。
『隊長殿(=開高のこと)。ヨロシケレバアナタヲ好キニナリタイノデアリマス。メルシ!』
それでも人間は大脳の退化した二足獣なのだろうか?……」

再読して、開高健の筆致のせいもあるだろうが、「戦争報道にもまだ夢があったんだなぁ」という思いだった。とくに9.11以降、戦場からの情報がクローズされてしまった今となっては望むべくもない作品だ(今年発刊された『ブログ・オブ・ウォー』で、イラクの米兵からの、赤裸々なメールが衆目にさらされたが、その後米国政府はブログを閉鎖した)。
だがむしろ、仕事上の取材対象とはいえ、身体・精神とも干上がるほどの非日常にその身を投げ出しながら、人の美醜や善悪の彼岸を越えて日常に生還しえた者だけが伝えることのできる、思考のドキュメントとして普遍的な本だと思う。

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